英国のカントリーサイドめぐり
ベッド&ブレックファースト Bed & Breakfast
12月の夜10時頃、B&Bの看板が見当たらず、周辺を歩き回っていた。B&Bから送られてきたパンフレットの住所と地図を照らし合わせ、ここで良いのか確認した。
時間が遅いだけに間違えて他の人の家のベルを鳴らすのはいかがなものかと思い、他の宿泊客がいれば、リビングでくつろいでいるだろうと、そっと外から窓越しに部屋の中を覗き見た。
どの家もシーンと静まり返り、人が泊まっている気配がしない。外から確認できなかった最後の一軒のドアベルをためらいながらも鳴らすことにした。
オーナーがドアを開けてくれた。
不安そうな様子に気付いたのか、ドアの前に立っている私を温かく迎え入れてくれた。ホッとひと安心し、中に入った。オーナーが、あたたかい紅茶をいれてくれた。
彼は、私が道に迷ったのではないかと心配してくれていた。
旅先で泊まる宿は、旅のもうひとつの楽しみである。旅の疲れを癒し、心休まる宿にめぐり合うことは、明日への活力にもなる。
イギリス国内に星の数ほどあるB&B。
イギリスでは、自分の家に空いている部屋があれば、B&Bを始める人は多い。1件1件、内装も違い、それぞれの家にこだわりを見ることができる。オーナーにこの地域のお勧めのティールームやパブ、その土地の話題などを聞くと気さくに教えてくれる。
地元で長くB&Bをやっている人もいれば、その地が好きで新しく越してきた人が、やっているB&Bもある。どのB&Bにも共通していることは、その土地が好きだから、ずっとそこで暮していたいからという思いは、一緒だと、いろんなB&Bに泊まってみて感じた。
今回泊まったB&B、正しくはファームハウスのオーナーは、物静かではあるが、やさしく人を包み込むような語り口の持ち主だった。
翌朝、曇り空で少し肌寒かった。朝食前にB&Bの周りを散策した。周りは、牧草地に囲まれていた。すぐ横には馬小屋があった。向こうから女性が馬に乗ってやってきた。ひと走りしたのだろうか、少し顔が赤らみ、息があらいのが遠くからでも見てとれた。彼女は目が合うと、にっこりとスマイルしてくれた。馬が吐く息も白かった。
朝のテーブルには、フレッシュ・フルーツ、シリアルが置かれていた。私は、シリアルとミューズリーを混ぜ合わせ、ミルクと砂糖を入れて食べた。
ダイニングルームには、暖炉が焚かれていて、部屋中に薪のにおいが香っていた。
オーナーが紅茶を運んできて、 「フル・イングリッシュ・ブレックファーストでいいかな。今朝は、マッシュルームとスモークサーモンのいいものが入っているよ」 と朝食について聞かれた。
ファームハウスの食事は、格別に美味しい。採りたてのミルクや卵などが食卓に並ぶからだ。濃厚なミルクティーは、ついつい飲みすぎてしまう。
ブレックファーストを食べながら、オーナーと今日の予定を話した。
「ガーデンを見て回ろうと思っているのですが、お勧めのガーデンがあれば教えてください」
B&Bのあるこの地域は、ウィルトシャー地方になる。
以前、イギリスの友人からこの地方は、イギリス国内でも美しいガーデンがたくさんある地域だから、訪れる機会があれば、ガーデン巡りをするべきだ、と勧められていた。
そのこともあり、ウィルトシャーと言えば、ガーデンと決めていた。
今の季節は冬。
ガーデンの見ごろは5月から7月であることは分かっていたが、季節外れでもガーデンめぐりを強行するつもりだった。
しかし、当てがあった訳ではなかった。それで、オーナーに聞いてみたのだけれど、季節外れの予定を恥ずかしく思った。
オーナーは、困った顔つきになったがいくつかのガーデンを教えてくれた。
「この季節は、ガーデンの中でもランドスケープ・ガーデンに行くといいよ。一年中オープンしている所も多いし、この近隣にもあるよ。モンタキュー(Montacute)、ヘスタカム(Hestercombe)、 ストーヘッド(Stourhead)、キングストン・レーシー(Kingston Lacy)など。」
オーナーは、2、3年前までナショナル・トラスト専属のガーデナーだったそうだ。今は、フリーのガーデナーであり、冬の間だけ自宅をB&Bとしているのだそうだ。
だから、ガーデンについて詳しく、いろいろと教えてくれた。そして、本もたくさんあり、何冊か貸してくれた。オーナーの勧めどおり、ストーヘッドとモンタキューに行くことにした。
一般の家を開放しているB&Bが多い中で、他と違った特長を持っているB&Bもある。
ガーデン好きのオーナーが営んでいるB&Bを集めた「ガーデン・ラバーズ(Garden Lovers)」というガイドブックがある。
コーンウォールに行った時にこのガイドブックに載っているB&Bに泊まった。
800年前に建てられた歴史ある家であった。家具もすべてアンティークであり、深く渋い茶色の木製ダイニングテーブルは、手のひらでさするとなめらかで柔らかいさわり心地だった。
部屋の窓からは、野球場ほどの広さがあるガーデンが見えた。
ガーデンには、小川が流れている。朝食前にガーデンを1時間ほど散策した。6月の朝の風が肌をひんやりさせる。ロビンが、飛び立つと木が揺れ、朝露が芝を濡らした。小川のほとりにコーンウォール地方特有の亜熱帯性の植物が茂っている。真ん中の花壇にバラの花が咲き誇っていた。ここのガーデンは、オーナーと数名のガーデナーが手入れをしているのだそうだ。
「Breakfast ready!」
オーナーが呼びに来た。
食卓には、マーマレードとストロベリーの手作りジャム、トースト、フレッシュ・フルーツ、シリアルが用意されていた。そして、ブレックファーストを聞かれ、私はもちろんフルイングリッシュを頼んだ。
ガーデンのあるB&B。
オーナーご自慢の綺麗なガーデンを少し早めにチェックインして見ても良いし、朝食前に散策するのもいい。ガーデンを見た後に、オーナーにガーデンへの思いを聞くのも楽しみの一つである。
また、ナショナル・トラストの所有物である歴史的建造物が、B&Bとして利用できる所もある。
宿泊費の一部が、その建造物の維持費に充てられる。リーズナブルな宿泊費で歴史的価値のある建造物に泊まることができる。
建造物もさることながらその建造物を取り囲む景観にも注目してほしい。このようなB&Bは、イギリスならではだと思う。
アンティークに囲まれて過ごす午後のひととき、アフタヌーン・ティーを楽しむにはちょうど良い雰囲気である。
ガーデンめぐりの翌朝、朝食の時、ガーデンを教えてもらったお礼と感想をいった。そして、オーナーの親切心に甘えて、今夜の夕食におすすめのパブかレストランを知っているか聞いた。
快くいくつかの電話番号を教えてくれた。さらに、予約をしておいたほうが安心だと、電話まで貸してくれた。
オーナーに世話になってばかりで気がひけたので、電話は自分でかけた。 ところが、教えてもらった所は満席だったり、料金の折り合いが会わなかったりして決まらなかった。
それに見兼ねたオーナーは、満席だと一度断られたパブにもう一度かけ直した。そこは、以前オーナーが働いていたナショナル・トラストのプロパティー内にあるパブだった。それで、夕食はそこに決まった。
いろいろと気を使ってもらい、なにからなにまでお世話になった。夕食から帰って、シャワーを浴び、ベッドに入った。すると、ベッドの中がほんわかと温かい。
12月の寒い夜、オーナーが気を使って湯たんぽを入れておいてくれたのだった。
カントリーサイドの旅の醍醐味は、その土地に息づく人々に迎えられるB&Bにもある。旅行前のB&B探しは、いつもの楽しみとなっている。