英国のカントリーサイドめぐり
英国で最も美しい村 カースル・クーム Castle Combe

「英国で最も美しい村と言われている、カッスル・クーム」。
全英一、最も古い街並みが保存されている村コンテストで何度も表彰されている村でもある。
3月のやわらかい日差しが気持ちのよい午後に訪れた。少し傾きかけたオレンジ色の陽の光が「はちみつ色」の家並みを照らしていた。
古い村を散策するのは、日本で言う京都や飛騨高山を歩く時と似ている。
小さな家の窓に飾られているポットの鉢には草花の緑が生き生きと茂っていた。4月には一斉に咲き始め、黄金色の石と美しいハーモニーを奏でるのだろう。
自宅の前庭を手入れしている人は、新しい花の苗を植え込んだり、家の壁に生い茂るバラのつるを剪定したりしている。そして、家の前を歩く旅行者に気付くたびに「Hello」と声をかけていた。
村の中心から少し外れたところに小川が流れている。そこに架かる橋の手前に小さな雑貨屋を見つけた。コッツウォルズの風景をスケッチした絵を探していたこともあり、入ることにした。
イメージしていた絵は、田園風景にフワフワと浮かぶ雲とコッツウォルズ丘陵のどこまでも続く牧草地、そして、草を食むヒツジ。
そんなコッツウォルズ地方に点在する村々へ車で向かう途中に見られる車窓からの風景を探していた。
壁に架かっている絵は、ほんの一部であり多くの絵は束になって壁に立てかけられていた。かなりの数の絵を1つ1つ見ていたので時間がどのくらい経ったのか覚えていないが、途中、気になる絵があるとじっくり眺めたりしていた。
私を含め2~3人の観光客がのんびりとお店の品々を見ていた。そこにウォーキングの帰り道に立ち寄ったらしき人が入ってきて、お店を一回りした後で興味深そうに私のほうを覗き込んできた。
彼は、朝からこの周辺をウォーキングしていたそうだ。ロンドンに住み、週末にコッツウォルズへよく遊びに来ているのだと話した。プライベート・ガーデンもたくさんあるし、家並みに心を癒される。
あと、ホームメイドの食事も魅力的だと、そんなことを話しながら彼は、私が素通りした絵を拾い上げた。その絵にはコッツウォルズの中にあるウィンチカムという村が描かれていた。
ウィンチカムのメイン通りが描かれているその絵を見て、彼はこの道沿いにあるこのティールームに行ったことがあると、それを指で示して言った。
「8年前に初めてそのティールームに行き、そこで食べたスコーンがとてもおいしかった。それとランチまでには売切れてしまうビスケットは、今までに食べたことがないほど最高の味だった。
あのスコーンとビスケットを食べるために毎年行っていたのだけれど、昨年、オーナーが変わってしまったんだ。イギリスではよくあることだけれど、もう二度とあの味を楽しむことができないと知った時は、本当にショックだった。」
私は、彼がコッツウォルズの他の村についても知っているのではないかと思い、今日行ってきた村の名前を言った。そして明日行く予定の2~3の村を挙げ、コッツウォルズに点在するたくさんの村の中でどこの村が一番気に入っているのか聞いてみた。
すると、少し困ったような顔をして、
「1日中ここにいても充分楽しめるよ。ウォーキングが好きならここに何日滞在してもいろいろなコースがあるから楽しめる。村そのものも良いし、さらに、村を取り囲む雰囲気がとても気に入っている。
朝、村を歩き始め、夕方には帰ってくる。ランチにここで買ったハムとチーズを挟んだサンドイッチを食べる。夕食にはレストランかパブで食事をする。そうすれば、カッスル・クームを満喫できるはずですよ。カッスル・クームが好きで来ているから、今のお気に入りはここだと思うよ。」
彼の話を聞いて、村だけを見ていたことをもったいなく思った。それと同時にコッツォルズの楽しみ方を教えてもらった気がした。急ぐことばかりに気を取られて、行ってしまったらおしまい、という旅行を続けていたのだろう。小さな村だから2時間くらいで見てまわれると思い、1日でたくさん見て回るようにスケジュールを立てってしまっていた。
時間の過ごし方でその人の価値観が分かるというが、そのことを実感した。絵を探すのを途中止めにして思わず店を出た。
どこを見て歩こうかと思ったが、ウォーキングをするとなると1時間くらい必要になるだろうと思い、あきらめるしかなかった。せめて村だけでも堪能できればと思い、村の中を歩き始めた。 歩きながら、自分なりに今まで訪れたコッツォルズへの印象を思い出してみた。
その時、絵を探すのに、気に入った村ではなく、そこに行くまでに見ている景色を探していたことに気付いた。私の中に印象として残っていたのは車の運転とその間に見た景色だったのかと思うと、ふとさびしくなった。
それから数ヶ月が過ぎ、パブで数人の仲間と飲んでいた時、イギリスに建築学の勉強に来ていた青年にコッツォルズについて聞かれた。
青年は、まだ一度も行ったことがなく、夏休みに入ったら行く予定だからおすすめのところがあれば教えて欲しいと知りたがっていた。
私は、あれからコッツォルズに行っていなかったので、その良さを身をもって体験していない。それで、いいたいことをどう伝えればいいだろか考えあぐねてしまった。
ガイドブックを片手に、すでに数十箇所のイギリスの建築物を見て回わったと豪語する青年は、私の沈黙を、もう忘れてしまったのだろうと判断したらしい。彼は、別に気にもとめずに、他に行ったことがある人に移っていった。